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大村の滝シリーズ 御手水の滝(裏見の滝)
御手水の滝のデータ
 滝の名称  御手水の滝(おちょうずのたき) (通称「裏見の滝(うらみのたき)」とも言う)
 滝の所在地  大村市重井田町(しげいだちょう)
 関係する川の名前  祓川(拂川、はらいがわ)流域 (祓川は佐奈河内川の支流。佐奈河内川は郡川の支流)
 落差  約30メートル
 滝壺  なし
 周辺部の特徴  滝の岩場は横幅100m近い巨大な絶壁。シャクナゲ、桜、新緑、渓谷美も素晴らしい。
 周辺部の滝  この滝以外にも落差の小さい滝がいくつかある(下記の本文参照)
 大村郷村記  記載あり(下記の本文参照)
 滝や周辺の管理など  裏見の滝公園管理委員会、観音堂(観音様)は野岳町の方が信仰・管理。

御手水の滝(おちょうずのたき)
ただし大雨後の写真

(1)御手水の滝(通称「裏見の滝」とも言う)
 この御手水の滝(おちょうずのたき)、=(通称が有名で「裏見の滝(うらみのたき)」とも言う)は、長崎県大村市重井田町にあります。落差約30mです。雨の日の後などには、水が多い時もありますが、通常期、水量は少ない滝です。念のため、右の滝写真は大雨後の撮影です。このような滝写真が撮れるのは、年間そう回数多くありませんので、むしろ特別と言えます。

 あと、この滝の紹介に用いられている本やホームページ関係で、滝の所在地が色々と間違いのまま記述されています。以前マスコミ関係含めて、かなりの間違いが見受けられていました。正確には上のデータ表の通り、この滝は大村市重井田町にあります。あとシャクナゲ公園の所在地も良く間違われているので、ついでに補足しておきますが、現在、この公園は大村市立福寺町(りふくじちょう)と重井田町にまたがっています。

 また、滝の正式名称ですが、下記の大村郷村記=「御手水の滝(おちょうずのたき)、・・・裏lからも見れるところから通称「うら見の瀧」とも云う」の通りです。私の子どもの頃は、地元の福重地区はじめ隣の松原地区や竹松地区の方々含め皆さん御手水の滝と呼称され、地図にもそのように書いてあったと思います。しかし、いつの間にか誰がそうしたのか分かりませんが、通称がまるで本名みたいになって逆に有名になっていますが、歴史の経過はご紹介している通りです。

 また、この御手水の滝と言う正式名称には、奈良時代初期頃からの山岳宗教(密教)の修行者の修験場など様々な歴史上のつながりもあります。さらに大村郷村記とは違う古記録によると、「御手水の滝から清水を汲んで、(大村市草場町にある)松尾神社(まつのおじんじゃ)で酒を造った」とあり、この神社は酒の神様とも呼ばれてきました。つまり、「御手水」と言う名称には、酒の神様や山岳密教の修験場含めて歴史がこもっている名前なのです。

 あと、その古記録によれば、「御手水の滝は、別名”みたらしの滝”とも言う」との記述もあります。つまり、「みたらし団子」と同じ形容なので、当時から滝の水量は豊富ではなかったと思われます。ただし、これは、江戸時代初期、深沢儀太夫(ふかざわぎだいゆう)が、拂川(はらいがわ)上流に野岳大堤(野岳湖)を造ってからで、その堤(溜池)が出来る前までは、拂川の水流はそれなりにあり、御手水の滝の水量も、もっと多かったと推測されます。

  また、信仰との関係ですが、私は子どもの頃、白装束に着替えて滝の直下、坐禅を組んで水に打たれながら唱えておられる修行者の姿を何回か見たことがありました。子どもながら近寄りがたい雰囲気があったことを思い出します。このような修行者にとって、この滝は通称の「裏見の滝」ではなく、まさしく御手水の滝そのものだったのではと想像しています。

(2)大村村郷村記による御手水の滝(通称:裏見の滝)の記述について
  江戸時代、大村藩によって編纂された郷村記(大村郷村記)の『郡村之内 福重村』の『滝之事』の項に『御手水の滝』について、下記の通り書かれています。なお見やすくするために文章の区切りと思われる箇所に空白(スペース)を挿入したり、改行もしています。。
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御手水の滝
 野岳大堤下拂川と云処にあり 此処近村の勝地にて左右は深谷 末は今富村椎の木淵に流れ出 郡川に落合なり  崖下に観音堂あり 神体祭礼等の事は都て野岳郷より支配するなり  鳥居より拝殿まて弐町三拾間 此間険阻にて 九曲リあり  拝殿より上宮まて弐拾間 石壇あり

   此谷東北の方 屏風を立たるか如き一面の絶壁にて、高サ拾七間余 横四拾間余の大岩なり 乃堤下より洩る処の水爰に落来り巌角にあたり砕て雨の沛然たるか如し  夕陽是に映し虹睨顕れ大に趣向あり  崖下径あり通行して裏より見る故、世俗うら見の瀧と云  三月三日観音参詣の人多し 

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御手水の滝
シャクナゲ
  上記の大村郷村記の現代語訳を下記に書きます。ただし、私の素人訳のため、間違いもあるかもしれませんので、ご注意願います。 ( )内は補足や注釈です。

御手水の滝
  野岳大堤の下にある拂川(はらいがわ)と言う所にある。ここは近くの村の景勝地で左右は深い谷間となっていて、先の方では今富村の椎の木淵(しいのきぶち)と言うところへ流れ出て、郡川と合流する。崖下(がけした)には、観音堂がある。神体祭礼などは、野岳郷でとりおこなっている。鳥居より拝殿まての長さは、約119mである。

 この間は急な坂で九つの曲がり道になっている。拝殿より上宮(最も高い所にある神社)までは、約40mあって、石段になっている。  この谷の北東方向には屏風(びょうぶ)を立てたような一面の絶壁になっていて、高さが、約34m、横約80mあまりの大きい岩である。野岳大堤から流れてきた水は、ここで落下して岩角(いわかど)に当って砕け、豪雨のようである。

  夕日がここに映えて虹が現れ、大いにおもむきがある。崖下に道があって、裏lからも見れるところから通称「うら見の瀧」とも云っている。3月3日の観音様の日には、参詣客が多い。

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現代語訳の補足
 大村郷村記は、江戸時代の役人(侍)が書いた全村の総合調査報告書みたいなものです。ですから、どの村の、どの項目の、どの記述内容も味も素っ気もないような文章が多いです。しかし、この御手水の滝の記述は、同じ福重村の郡岳(こおりだけ)ほど名文章ではなくても簡潔ながら、なかなか情感込めて書かれていて、私の勝手な判断と地元の身びいきもありますが、ベスト5に入る位のいい文章かなあとも思えます。

 それだけ、この御手水の滝は、郡岳ともども地元に親しまれ愛着があったものと想像しています。あと、現在と江戸時代の状況対比です。今はシャクナゲや桜が周辺に沢山植えられ、公園用の駐車場、休憩所、トイレなどが設置されています。しかし、それ以外の滝や自然環境そのものは、当時とそう大きくは変わってない状況です。これは日頃から公園管理委員会の皆様の熱心な手入れのおかげといえます。

祓川渓谷上流側(仮称)二段の滝
ただし大雨後の写真

(3)祓川渓谷(拂川渓谷、はらいがわけいこく)について
 この御手水の滝(おちょうずのたき)、「裏見の滝(うらみのたき)」とも言う)は、祓川拂川、はらいがわ)の水が落水しているものです。祓川(拂川)は江戸時代初期に野岳大堤(野岳湖)が築堤される前までは、当然のことながら一本の流れで続いていました。源流は郡岳(こおりだけ、826m)の中腹にあり、そこから下流に下り、佐奈河内川(さながわちがわ)に合流するまでの川でした。現在、佐奈河内川の合流地点は重井田ダムとなっています。

 今日では、祓川(拂川)の上流域に野岳湖があるので川の流れは湖面上は見えません。しかし、この湖の東北部(上流部)から郡岳の中腹まで続く幅の狭い川は、今でも田畑や山林の中で確認できます。最上流部(源流部)と思われるのは、ゴルフ場付近で泉の湧き出ている所と思われます。

 現在は、御手水の滝(裏見の滝)や周辺のシャクナゲ公園が有名になり過ぎて意外と知られていないのが、滝の上流側と下流側にある渓谷です。渓谷名を表示する場合、厳密な決まりはないようですが、全国例では一般的に川の名前や沢の地名などが用いられています。

 今回そのことを参考にして、この滝の上流側約150m、下流側約300m、合計約450mの流域を(仮称)「祓川渓谷(拂川渓谷、はらいがわけいこく)」と呼称することにします。私は、この「祓川渓谷(拂川渓谷)は、滝やシャクナゲ公園に負けずとも劣らないような魅力あるものと思っています。

 順序後先になりますが、今回この渓谷名が何か今までの記録に載っていないか調べてみましたが、大村郷村記その他には御手水の滝(裏見の滝)を除き書かれていないようです。現在、滝の上流側を示すため「奥裏見の滝渓谷」と言う説明板や案内門柱が現地にありますが、これはその名の通りで上流域のみで下流域を表示していないものです。

 今まで、滝やシャクナゲについての紹介の書籍類やホームページは数え切れないくらいありますが、この(仮称)「祓川渓谷(拂川渓谷)については、ほとんど紹介されていません。そのようなことから、この渓谷美の魅力の一端が表現できればなあと思い書き始めました。

 念のために、これからの文章は、水が多くない時期(以降「通常期」と呼称)だけでなく、大雨後しか見られない時期の滝や渓谷美も含めています。撮った写真も同様です。ですから、通常期に見学に行かれて、「なーんだ、水が少ないじゃないか」とか「滝はホームページ掲載写真と違う」などと思わないで下さらないでしょうか。

 あと、滝の名称で御手水の滝(裏見の滝)は、ちゃんと大村郷村記に記述されていますが、これから紹介しますいくつかの滝は、今までの公的な記録には載っていません。それで文章表現上、何か名前がないと紹介しにくいので、このページには便宜上の名前で申し訳ありませんが、仮称で表現しています。滝の名前が記述されている公的な記録が後で見つかれば、そちらの方に名称変更することも含めて、ご了承願います。

 これから流域別に分けて紹介しますが、まずは上流側からの説明を次の項目で書くことにします。

(1) 祓川渓谷上流側滝から約150m上流
(ただし大雨後の写真 )
写真左上に (仮称)猿岩

(2) 祓川渓谷上流側滝から約130m上流
写真中央に 側面が平たい石あり

(通常期の写真 )

(4)祓川渓谷(拂川渓谷)の上流域ついて
 
御手水の滝(裏見の滝)の上流側へ約150m登った所の右岸に、やや面白い形の岩があります。(右側の(1)写真参照)この岩は高さ、幅とも目算で約2mありますが、ややユーモラスで猿のようにも見えますので、 (仮称)猿岩と呼ぶことにします。

 祓川(拂川)の水は、この猿岩の左側を流れ下ります。あと、この周辺から川床は、やや幅が広くなり、開けて明るい感じです。両岸は、ずっと溶岩が流れ下ったままの状態で岩場が続いています。

 (右側の(1)写真参照)猿岩から約20m下流側には、通常期でも見られる、やや幅広い水溜りがあります。横幅、奥行きとも約10mです。ここの左岸には、まるで包丁で豆腐切ったような、側面が真っ平らな岩があります。(右側の(2)写真参照)大きさは、目算で高さが1m50cm、幅が5m位あります。

 私は、この平らな側面を始めて見た時、「この石は誰かが、人工的に垂直に切ったのかなあ」と思ったほどでした。改めて溶岩の不思議さとか自然の持つ力を垣間見た思いがしました。また、この岩の表面には緑の苔みたいなものが、びっしりと生えていて水に濡れていると、より一層良くなり風情をも感じます。

祓川渓谷上流側(仮称)二段の滝
ただし大雨後の写真
祓川渓谷上流側(仮称)二筋の滝
ただし大雨後の写真
祓川渓谷上流側の広い川床
写真中央に(仮称)二筋の滝がある
祓川渓谷上流側、(仮称)幻の滝
ただし大雨後の写真

 ここの水溜りみたいな所から流れ下る長さ約150cmくらいの傾斜の滝があり、さらにその下流部には大雨後も幅は広くないのですが、もう一つの水溜りがあります。この周辺の左岸には上流側からずっと壁のような岩場があり、雨の日には岩場上部にある林を伝わって水が集まってきているようにも見えます。この水溜りの下流部に(仮称)二段の滝があります。

(仮称)二段の滝
 先ほど紹介しました水溜りから、さらに下流側に”くの字”にも似た形状で、二段で流れ落ちる滝があります。この滝をこれから仮称ながら二段の滝と呼びます。<右側の(仮称)二段の滝写真参照> この滝は、通常期は水が少なく、大雨後は近寄りにくいため実測していないのですが、目測で落差約3m、長さ約5mの傾斜の滝です。

  右の写真は、大雨後にしか撮れない写真です。しかも、少しスロースピードでシャッターを切っている関係上、滝の白さがやや強調されているのは割り引いて、ご覧願います。写真でもお分かりの通り、落差や規模はあまり大きくないですが、この(仮称)二段の滝は、美的な感じでは祓川渓谷(拂川渓谷はらいがわけいこく)で一番と思われます。

 右写真では緑濃く見えますが左右全体が溶岩でできた岩場、さらに落水口の右岸にある大きな石が水の幅をきゅっと狭くしています。そして、段々と滝の幅が広くなっていき、二段目からは、やや扇状に広がって滝壺に落ちています。この滝壺は、実測していませんが、目測で深い所では1m近くありそうに見えますが、滝壺自体が全て岩場の上にあるので、それ以上の深さは感じませんでした。

 このような狭い落水口、傾斜しながらの”くの字”の形状で滝幅が広がり、扇のようにして滝壺に流れ落ち、さらには周辺の緑濃い樹木と岩場が引き立て役になっているためか、白くて美的な滝が映えて見えます。あと、右写真では(仮称)二段の滝の上部にもうひとつ滝が写っているため、見ようによっては三段の滝みたいにも見えます。

 しかし、上部のこの小さな滝は前の項目で紹介していますが、(仮称)二段の滝との間には水溜りもあり、また10m近くの距離もあります。念のため、右写真は大雨後しか撮れませんが、わざわざ川床まで行かなくても、渓谷鑑賞の道から安全に撮れるものです。

(仮称)二筋の滝
 まずは、大雨後に撮った右側の(仮称)二筋の滝写真を参照願います。この滝は、左側が幅は狭く、右側が広いです。写真の通り極端に幅は違っていますが、二筋に見えるので(仮称)二筋の滝としました。この滝は、先に紹介しました(仮称)二段の滝から約5m下流側にあります。

 (大雨時だけ見れる)滝の高さは約2m、滝の幅は左側が約50cm、右側の幅が約2mです。大雨後には特に右側の滝が幅が広く、水量も多いので、この(仮称)二筋の滝は、滝音まで含めれば、やや迫力さえ感じます。あと、この(仮称)二筋の滝は、右岸が高さ10m以上ありそうな岩場のためか、晴れた日の昼間でも、この周辺は暗い感じがします。

 右側写真でもお分かりの通り、右岸の壁も川床も全て岩場です。滝の上部は、まるで平らな広いテーブルみたいにも見えます。滝の前には右岸の岩壁が、そそり立っているため水は、落水地点から急角度で進行方向を変え下流側に流れ下っています。

 落水地点は見ようによっては滝壺みたいにも見えますが、写真でもお分かりの通り右側には平らな石があります。滝壺というより川床全体が岩場の上にあるため、水溜りのように見えます。深さも30cmあるか、ないか位と思われます。

 念のため、繰り返しになりますが、この(仮称)二筋の滝は、通常チョロチョロと少し水が流れている程度で、二筋でもなく、全く滝らしくありません。通常期には、右のような写真は撮れませんので、あらかじめご了承願います。

(仮称)幻の滝と広い川床
 先の項目で紹介しました(仮称)二筋の滝から目算で約20m下流には、この周辺では一番幅の広い川床があります。この川床は、渓谷鑑賞道の階段から降りた地点になります。横幅は、目測ながら約10m〜約15mでしょうか。

 流れ下った溶岩の状態が、そのまま見れ、全体は平たいのですが、所どころに岩場の側面が豆腐を切ったように真っ平らな部分があります。ここの水溜りには、たまに野鳥も水浴びや水飲み場にしているようで時々見かけました。夏場、この付近の川床は渓谷らしく、大きな岩場や川の水さらには付近の樹木の関係からか、他の所より、ヒンヤリと涼しいです。

 また、左岸には、(仮称)幻の滝があります。(右側下の縦位置写真参照) なぜ、”幻”の表現を使っているかと言うことですが、それはこの滝は、通常期は全く見れず大雨の後だけ左岸上部の山林に降った雨を集めて、高さ約10mの滝が出現するからです。私は最初から祓川渓谷(拂川渓谷はらいがわけいこく)沿いの左岸側の岩壁には、滝がないものと先入観で思っていました。

 また、一応今まで大雨後も5回ほど撮影や調査のために、この周辺には行きましたが、今年(2009年7月)始めて見て、「あっ、ここにも滝があったのか」と思ったほどでした。幅は、写真でもお分かりの通り、せいぜい50cm位です。樹木にやや邪魔されて見えにくいですが、岩壁にスッキリと白い滝筋が見えますので、「これはこれで、なかなかいいなあ」と思いながらカメラに収めました。

 (仮称)幻の滝の高さは、御手水の滝(通称「裏見の滝」)の落差約30mには遠く及ばないものの、祓川渓谷(拂川渓谷)内では、2番目の高さと推定されます。

<祓川渓谷
(拂川渓谷)の上流域のまとめ>
 今まで御手水の滝(裏見の滝)の上流側へ約150m登った所から、この滝の落水口近くまでを、私は祓川渓谷(拂川渓谷)の上流域と呼び、この流域にあるいくつかの滝や川床などの特徴点を書いてきました。

 この流域は、逆の位置にある下流域と同じ渓谷でも全く広さも環境も趣さえも違っています。下流域に比べシャクナゲが見頃の時季には、この上流域まで観光客の方は足を延ばされる場合も多かったのではないでしょうか。あと、シャクナゲを美しい女性にたとえるなら、この上流域の渓谷は、やや荒々しい男性的と言う、全く違った雰囲気のある所です。

 今回紹介しました写真は、ほぼ全て大雨後にしか見れない(撮れない)ものばかりです。それで、今回の紹介文含めて通常期の水の少ない状態を書いていないことは、ご了承願います。ここの景観をを見て私は改めて思います。それは、火山が、自然が何万年何千年という長い歴史で造り上げてきた渓谷美は、到底人間がいくら現代の重機や技術を持ってしても及びもつかないものと言うことです。

 機会あれば、今回掲載しました表現と違う岩場や滝、その他が、まだまだあるかもしれませんので、祓川渓谷(拂川渓谷)の上流域をご覧になって頂けないでしょうか。

大雨後だけに見れる手前側の
(目測で高さ約2m、横幅約2m )
写真奥中央は御手水の滝(裏見の滝)
断崖絶壁の岩場
(目測で高さ約40m、横幅約100mの岩場 )
写真中央は御手水の滝(裏見の滝)

(5)祓川渓谷(拂川渓谷)の下流域ついて
 御手水の滝(裏見の滝)から下流側へ約3000m下った所までが、今回紹介します祓川渓谷(拂川渓谷)の下流域の範囲内です。最下流は佐奈河内川(佐奈川内川、さながわちがわ)に造られた重井田ダムの手前までです。

 この下流域は、上流域に比べ目立った滝などは、ほとんどありません。ところどころに大雨の後、落差1mあるかないか位の滝は、いくつか現れます。しかし、この下流域で見落としてならないのは、この付近は祓川渓谷(拂川渓谷)全体が広いし、樹木も上流域に比べ少ないため開放感と言いますか、空間が幅広く感じます。(下側の「祓川渓谷の下流側」写真を参照)

 また、川筋自体は細いのですが、両岸に巨石、巨岩がたくさんあります。溶岩が造り出したままの自然石ですから当然形も一様ではありません。石が好きな人なら見飽きないくらいあります。

 さらに、両岸の石には何十年何百年かかって生えそろったか分からないくらいの苔類が岩肌全面についている巨石も多いです。しかも、この苔類は、人の手が入らず自然のまま、ここに生えているものばかりと思われます。私は、この苔類は全く知識はないので何とも言えないのですが種類もいくつかあるようです。道路脇の大きな石にもありますから、これらの苔類の写真を撮るのにも便利な所でもあります。

 あと、ここで次の項目で紹介しています「巨大な断崖絶壁が見もの」について、お断りを書きます。本来は先に書きました御手水の滝(裏見の滝)の項目か、祓川渓谷(拂川渓谷)の上流域の項目で書くべき事項だったかもしれません。ただ、この岩場は、下流域から(もしくは、この岩場の上側になるシャクナゲ公園駐車場横の東屋付近からも)良く見れるので、こちら側にまとめました。

巨大な断崖絶壁が見もの
 まず、下流域からの眺めで最大の見ものは、御手水の滝(裏見の滝)を中心に目測で横幅約100m、高さ約40mの断崖絶壁の岩場と言えます。(右側の「断崖絶壁の岩場」写真参照) この巨大な岩場は、下流域から上流域を振り返ると、大抵どこからでも見れます。

 既に紹介しましたが江戸時代に編纂された大村郷村記にも、この岩場について次の「」内の太文字のように書いてあります。「此谷東北の方 屏風を立たるか如き一面の絶壁にて、高サ拾七間余 横四拾間余の大岩なり」 

 この「」内をを現代語訳すると、次の<>内と思われます。この谷の北東方向には屏風(びょうぶ)を立てたような一面の絶壁になっていて、高さが、約34m、横約80mあまりの大きい岩である

 この岩場を江戸時代の人も「屏風を立てたように」と表現しているように、この地域では見ものだったと思われます。私自身も大村市内と限定して、それなりに渓谷や岩場も見てきましたが、これだけの規模の大きい、まるで直立した壁みたいな一枚岩はあまりありませんでした。

 ただし、この横幅や高さを見て「なーんだ、その位の規模なら全国どこにでもあるぞ」と、ご指摘なさる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、例えば私も見たことのある福井県の東尋坊(とうじんぼう)は、断崖の長さ1km位続いていますし、さらにアメリカのグランド・キャニオンは高さだけでも約1500m、長さに至ってはもう何百kmある分からないくらいでしたから、今回の断崖絶壁と比べること自体間違っているのかもしれません。

 ただ、そのような世界に名だたる凄い所を見てきてもなお、私は別の特徴が、ここの岩場にはあるのではないかなあとも思います。それは、火山の溶岩がそのまま流れ下り、ここで止まって独特の形状(一枚岩の断崖絶壁)を造っているからだと思います。このことについては、既に大村三滝物語でも、この溶岩のことは書いていますが、再録すると次の<>内の通りです。

 大村の溶岩の質を極簡単に書きますと、多良山系火山は安山岩、鉢巻山は玄武岩、郡岳の溶岩は安山岩と言われています。(大村史談第四七号を参考にしますと)概要「多良岳火山(大村安山岩)は、多良岳火山の初期の安山岩で、 (中略) 御手水の滝と山田の滝 (中略) で見ることができる」と書いてあります。

  あと、別の説では御手水の滝(裏見の滝)は、鉢巻山の溶岩流の風化した岩に郡岳の溶岩(安山岩)が載ってできたものとも言われています。いずれにしても先に述べた通り、大村の山や土地を形作った多良山系火山や寄生火山の溶岩流は所によっては重層的に流れて行ったものと推測されます。

 シャクナゲの咲く頃もいいですが、目に優しい新緑の頃に、この断崖絶壁を見ますと、やや赤茶けた岩肌が新緑の色に映えて、なかなかいいものです。また、この巨岩の色は大雨時などは逆に背景色となり、御手水の滝(裏見の滝)の白い色がより一層目立って見えるものです。

祓川渓谷の下流側
(下流側全体、広くて開放感がある
)
(写真の通り大きな石が沢山ある))

大雨後だけに見れる「くの字」状の滝
(目測で長さ合計約5m)
(下流側にはこの種の滝がいくつかある)

下流域の滝について
 先の項目で「下流域は、上流域に比べ目立った滝などは、ほとんどありません」と書きました。それはその通りなのですが、大雨の後にだけ、いくつか滝が見られますので少しだけ書いておきたいと思っています。

 まず、(上側「大雨後だけに見れる手前側の」写真参照)御手水の滝(裏見の滝)から約15mくらい下った所に、目測ながら高さ幅とも2mくらいの滝が大雨の後に見れました。ただし、通常期は、水がチョロチョロ程度しか流れていません。

 あと、ここから重井田ダムの手前まで、先ほどと同じように大雨後しか現れない小さな滝がいくつかあります。その中には曲がりくねって「くの字」状にも見える滝(長さ約5m、右側写真参照)、濡れた岩肌やまわりの樹木に映えるような白い滝筋なども、いくつかあります。

<祓川渓谷(拂川渓谷)の下流域のまとめ>
 私は、これまで御手水の滝(裏見の滝)から下流側へ約300m下った所までを「祓川渓谷(拂川渓谷)の下流域」と呼び紹介してきました。ご覧になったように上流域に比べ写真も文字数も相当少ないです。

 この原因は私の文章力の問題もあるのですが、特徴的な滝や岩が上流域に比べ少ないこともあります。ただ、この下流側の谷間は、開放感があるせいで一見したら逆に見えにくいのかもしれません。

 距離も上流域に比べたら倍以上ありますし、これまで書いてきたこと以外が、私自身に良く見えていないのかもしれません。多くの方で色々な視点やアプローチの仕方を変えて探していけば、まだまだ十分魅力ある渓谷美が隠れている感じにも見えます。そのことも期待して、この祓川渓谷(拂川渓谷)の下流域のまとめとします。

苔類が生えている石
(祓川渓谷下流側)

御手水の滝(裏見の滝)と祓川渓谷(拂川渓谷)のまとめ
 地元の福重、松原地区の人達にとって、この御手水の滝(裏見の滝)や祓川渓谷(拂川渓谷)は、子どもの頃より機会あれば何回も見る所でしたし、遊び場でもありました。また、現在ならシャクナゲ公園として長崎県下だけでなく九州でも有名な観光地にもなっています。だからこそ、色々と書こうと思えばいくらでも書きたいことが沢山あります。

 私は、大村三滝物語の中で先に鳴滝山田の滝を掲載後、この御手水の滝(裏見の滝)を書き始めました。ところが、いくらでも書けるはずの内容なのに当初「どうしようかなあ?」と、ややとまどいながら来たことも事実です。それは、”灯台下暗し”で地元の者だからこそ、逆に見えていない面もあったのだろうと思っています。

 何年か前の5月初旬にある航空会社の客室乗務員ご夫妻を案内し、シャクナゲ公園駐車場横の東屋から、この周辺を見てもらいました。すると、「上野さん、あの岩場も、この周辺にある新緑もいい。特に、新緑が目に優しくて、どこかのありふれた観光地より断然いい」と言っておられました。国内外の名だたる観光地にも行かれた方の口から、そのようなことを聞くとは思いもしませんでした。

 地元の者にとって新緑とか、咲く期間は限られてはいますがシャクナゲなどは当たり前の光景と考えていました。私は、この言葉を聞いて逆に新鮮な気持ちにもなり、「あー、
そうか、都会の人にとっては新緑もいいのかあ、自然そのままが観光にもなるのだなあ」と思いました。そのようなこともあったので今回、御手水の滝(裏見の滝)やシャクナゲなどの有名な部分より、それ以外の場所も書いてみようと心がけてきましたが、果たしてそのようになっていますでしょうか。

 いずれにしましても、きっかけは滝でもシャクナゲでも構いませんので、この御手水の滝(裏見の滝)や祓川渓谷(拂川渓谷)に度々足を運んで頂き、今までにない渓谷美その他の魅力も発見されればなあと思っています。私自身も、まだまだ調査は続けていますので、これから
も追加掲載を考えています。

 また、動画も下記の2008年4月撮影分と違って、新たに2009年7月に上流部、下流部含めて大雨後に撮っています。かなり編集その他に時間を要しますが、これも準備できしだい掲載したいと計画中です。今後とも、どうかよろしく、お願い致します。

御手水の滝(裏見の滝)と祓川渓谷(拂川渓谷)紹介の動画
 下記のビデオ内容について、撮影場所は長崎県大村市重井田町にある御手水の滝(おちょうずのたき、落差約30m、通称:裏見の滝とも言う)と、この滝を中心に上流側約150mと下流側約300mの祓川渓谷(拂川渓谷)を紹介した内容です。。撮影日は2007年7月2日朝の時間帯で、掲載している映像時間は約9分40秒です。なお、念のため、この日は大雨の後で、このような水量や川の流れは、普通の日には見られません。
 

初回掲載日:2009年4月6日、第二次分:4月8日、第三次分:7月21日、第四次分:8月1日、第五次分:8月3日、第六次分:8月12日、第七次分:8月23日、第八次分:8月24日、第九次分:8月25日、第十次分:9月9日
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