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大村の石塔、記念碑、石碑や碑文など ロザ・モタ記念塔(記念碑)
 概要紹介
掲載中
 1)記念碑内容について 掲載中
 2)記念碑の大きさなど
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   緯度経度など
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 まとめ
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・碑文関係用語解説集ページは、ここからご覧下さい。
(写真1) ロザ・モタ記念塔(記念碑)(2019年5月5日撮影) (写真2) 中央部が記念塔(手前が広場、右奥が吊橋)

概要紹介
 このロザ・モタ記念塔(記念碑)は、大村市東野岳町にある長崎県立公園・野岳湖畔(東側)のロザ・モタ広場(多目的広場)にあります。ここは、芝生に覆われた広場(直径約75mの円形)を中心に、その周囲にある関係諸施設含めて多目的広場として、1992年3月に完成しました。記念碑の場所は、広場の北西側で、野岳湖に架かる吊橋の東側から約90mに、今回紹介のロザ・モタ記念塔(記念碑)があります。

(写真3) ロザ・モタ記念塔(記念碑)(全景)
<奥の上から顔、自筆ポルトガル語メッセージ、年月日、
日本語訳、手前は足形>
 この記念碑には、ポルトガルの女性マラソンランナー(ソウル五輪の金メダルなど優勝多数)のロザ・モタ(Rosa Mota)さん本人の顔、直筆メッセージ、氏名、年月日や足型のレリーフなどがあります。全体の大きさは、高さ約2m、横幅約1m75cmです。(このレリーフ内容や大きさの詳細は後の項目で紹介)

 先の中で、特に、本人メッセージの(日本語訳の)走る喜びが この公園を そしてわが日本の友の心を 満たしますように」は、簡潔で飾らない文章ながら名文です。本当に強い選手ながら、実に心の優しい心使い、公園(広場)の完成をともに祝い、さらには走ることの喜びを表現されていると思います。

 次に、この広場名称の由来についてです。ロザ・モタさんは、1990年1月に「おおむらハイウェイロードレース」の招待選手として滞在しておられました。その時、この野岳湖畔の周回コースが気に入られ、毎日のようにトレーニングされました。そのことを記念して、広場の名称となったものです。

 1992年10月24日には、この広場完成記念式典がありました。この日、ロザ・モタさんは、ポルトガルの英雄でもあったので、当時のソアレス大統領夫妻も出席されています。

 そして、記念塔(記念碑)の横で、ロザ・モタさん、大統領夫妻、松本・大村市長(いずれも当時)などが記念写真におさまっておられます。(このことは「広報おおむら、1993年(平成5年)12月号、1166」参照)

 この記念碑周辺は、一年中、家族連れで楽しめるロザ・モタ広場を始め、グラウンドゴルフもできる広場、儀太夫会館、野岳新茶祭り会場にもなる場所、桜・ツツジ・サツキなどの花の多い植栽(しょくさい)などがあります。また、周囲4km位の野岳湖畔を含めれば一日中ゆったり、リフレッシュできる場所でもあります。

(写真4) ロザ・モタ記念塔(記念碑) レリーフ
<奥の上から自筆ポルトガル語メッセージ、氏名、年月日、
日本語訳、手前は足形>
1)記念碑内容について
 このページ掲載中の(写真1、3、4)でも見えています通り、ロザ・モタさんの顔のレリーフ下部に縦長に見えていますのが、自筆のメッセージ、氏名、年月日や、その日本語訳などです。本来ならば正確に転記すべきことです。しかし、私は外国語は、全くできません。

 そのようなことから正確性に自信ありませんが、目視で確認しますと、ポルトガル語は、下記の太文字に近いようです。なお、実物の碑文には、アクセント記号みたいなものが数文字に付いていますが、下記は付けていません。

 全体通して転記が間違っていましたら、誠にすみません。もしも、参考にされるなら、是非とも記念碑の文字から直接お願いします。

 Que a alegria de correr enoha este jarque e o cocacer dos meus amigos Japoneres.
 Rosa Mota
  90-1-14

 
 上記碑文の下側に日本語訳がありますが、それは、下記の太文字(青文字)です。

 
走る喜びが この公園を そしてわが日本の友の心を 満たしますように.。

 なお、上記の日本語訳の解説などについては、先の「概要紹介」項目か、私のもう一つのホームページである「上野ログハウス」の「聞いた言葉シリーズ(もくじ)」の第40回目「走る喜びが この公園を そしてわが日本の友の心を 満たしますように」ページに書いていますので、参照願います。

 先のポルトガル語メッセージ(年月日)を見て、少し補足します。この自筆や足形は、1990年1月14日のものです。その後、ロザ・モタ広場の完成年月が、1992年3月です。そして、ご本人と当時のソアレス大統領夫妻も出席して開催された広場の竣工記念式典が、1992年10月24日です。そのようなことから、先の自筆や足形は、広場の完成より相当早期から、このレリーフなどの制作が始まっていたことも推測できます。

2)記念碑の大きさ、緯度経度など
 

 
 (この原稿は、現在、準備中。しばらく、お待ちください)



まとめ


 (この原稿は、現在、準備中。しばらく、お待ちください)


・関係ページ:全国百選の地 野岳湖(野岳ため池) 」   「(HP:上野ログハウスの「聞いた言葉シリーズ」、『走る喜びがこの公園をそしてわが日本の友の心を満たしますように』)」

(初回掲
載日:2019年6月10日、第二次掲載日:6月15日、第三次掲載日:6月18日、第四次掲載日: 月 日、第五次掲載日: 月 日、第六次掲載日: 月 日、)

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