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はじめに
 全国でも長崎県内でも桜の名所は、いたる所にあると思われます。また、大昔から桜は、人々に大変親しまれてきた花の一つです。例えば、平安時代の古今和歌集で在原業平(ありはらのなりひら)は、次の有名な和歌(太文字)詠んでいます。

  世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし (在原業平)
 この意味は、学校でも習われた方も多いかと思いますが、私の覚えている範囲内で、次の〈 〉内と思います。〈この世の中に桜(の花)が無ければ、春(の季節)は、もっと、のんびりできるだろうなあ〉
 この有名歌人の文学的心境まで分からずとも、下手な素人カメラマンの上野は、一つだけ毎年共感する部分があります。それは、大村の桜の咲いている場所を探して、撮影して回るのが、本当に気忙しいと実体験しています。

 なぜ、気忙しいのか? 桜は白色が主なので、背景になる空色がスカッとした青空でないと花が引き立たないのです。そのため、その撮影向きの日がが少ないので、限られた日が忙しいのも要因としてあります。この時季は、ただでさえ天候不順あり、寒暖差あり、中国からの黄砂ありで、なかなか澄み切った青空は、毎年少ないように思います。そうはいっても、中には曇り空で撮った写真もありますので、その点は最初から、ご容赦願います。

 あと、大村の桜名所といえば大村市の宣伝も県内のマスコミも、一部を除き大村公園ばかりを何十年間も繰り返しされています。私は、これを「超VSOP(ベリー•スペシャル•ワンパターン)」広報(報道)と呼んでいます。このような宣伝では、せっかく大村市内各所で、たくさん咲いている桜の存在が紹介できない、見物客の方に見る機会が少ないとも思っています。つまり、大村公園の点のみの観光で、市内全域を考えた面の観光になっていないのでは、毎年考えています。

 また、市内のある方が言われるのに。「誰も人が来ないような野山に桜が、ひっそり咲いて散るのを見るのが本当の花見、詫び・さびの世界だ注:詫び=1 茶道・俳諧などにおける美的理念の一。簡素の中に見いだされる清澄・閑寂な趣。中世以降に形成された美意識で、特に茶の湯で重視された。(大辞泉より)


 そうは言っても私のような文学的センスも茶道も全く知らない上野の力では、その心境が分かるはずありません。また、個人の力では、どんなことでも限度限界があることも充分知っていますので、大村市内で何十ヶ所もある桜名所の紹介を一つひとつ、ゆっくり、じっくり何年もかけて増やしていこうと思いました。そして、この「大村の桜名所」(紹介)ページを思い立ちました。どうか、気長に掲載をお待ち下さるように最初からお願いします。

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(初回掲載日:2025年4月6日、第二次掲載日: 月 日、第三次掲載日: 月 日、第四次掲載日: 月 日、第五次掲載日: 月 日)

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