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大村の歳時記シリーズ 馬頭観音祭

馬頭観音祭(ばとうかんのん さい)
 (ご参考までに、今回のテーマをご覧頂ける方は、先に掲載中の「大村の馬頭観音(目次ページ)」、「はじめに」、「用語解説、「立福寺の馬頭観音」ページも紹介します)

  大村市内の馬頭観音について書いてあるのは、近代・現代発行の書籍類には、ほとんどありません。江戸時代に大村藩によって作成された(大村)郷村記には、各郷(各町や集落)別の神社仏閣や旧跡の項目で、その場所に石仏は何体あるか程度の記述はあります。

 しかし、この古記録には、今回のテーマ「馬頭観音祭」について、少し記述されていると言っても、例えば「・・月・・日に祀られている」程度の内容ばかりです。つまり、馬頭観音や、その祭りについての詳細な事柄は、書いてないということです。

 そのため、このページでは、ほぼ全部、上野が調べた範囲内のことを書いていきます。個人調査の範囲内ですので、どうしても不足などもあります。その点は、あらかじめご了承願います。なお、後で追加、補足、改訂も考えてはいます。

1)馬頭観音の説について
 馬頭観音については、様々な説さらには、その像(石像、木像)についても多くの様式があり、一言で紹介するのは難しい状況です。特に、石像の形は、大村市内でも沢山の種類があります。ここでは、馬頭観音の用語だけを先に国語辞典の大辞泉を引用し、下記の<>内を書いています。

   馬頭観音とは、 六観音・七観音の一。宝冠に馬頭をいただき、忿怒(ふんぬ)の相をした観音菩薩(ぼさつ)。魔を馬のような勢いで打ち伏せ、慈悲の最も強いことを表すという。江戸時代には馬の供養と結び付いて信仰されるようになった。 


 上記の通り、現在一般に思われている馬頭観音=「馬の神様」ではないのです。しかし、平安時代にインドから伝来したと言われている馬頭観音も中世、近世、近代、戦前との農業、運輸などの産業の発達とともに、馬や牛が増えました。それが生きている間は、「うちの馬(や牛)は元気で長生きしますように」と言う意味の「馬の神様」として、愛馬がなくなったら、その「供養塔」として馬頭観音は全国各地で建立されました。

 
 

 また、戦後しばらくして特に、馬が沢山飼われていた農家などで、例えば耕運機、トラクター、トラックなどが導入されるようになりました。その結果、馬が激減して、全国でも大村市内でも馬は見るのも珍しい状況となっています。そのようなことから、現在では馬頭観音と言えば、「農耕(農業)・交通運輸の神様」みたいに祀られている所も多いようです。

2)大村市内の馬頭観音祭について
 この馬頭観音祭の名称は、大村市内外で使われているものです。さらに、市内では簡略化して(親しみも込めて)、単に「馬頭様(ばとうさま)」と呼ばれている場合も多いです。呼称の違いはあっても、市内では大まかな範囲内ですが、毎年10〜12月に馬頭観音祭は開催されているようです。

 祭りの開催日についてですが、その前に馬頭観音の建立日を「大村の馬頭観音(目次ページ)」を(2014年現在で約40体調査済み)の碑文から調べてみますと、旧暦・新暦は別としても、10月19日、11月19日、12月19日の建立日多いようです。このことは、同時に全部ではありませんが、「建立日=祭りの日」も多くあります。

  ただし、現在では、仕事や子どもさん(学校)との関係上、先の月日を中心とした休日(土・日・祝日)が、ほとんどです。あと、この建立日や祭られる日について、私は情報不足で調べきれないことがあります。上記に建立年は、「10月〜12月の各19日」に多いと書いていますが、何故そうなのかと言う理由や根拠が分かっていません。先の3か月間の19日だけでなく、9月19日や1月19日建立も現在の調査段階で1体づつあります。

 あと、11月19日や12月19日に祭られる日が市内で多いのは、農家にとって秋の稲刈り、脱穀、供出などの繁忙期を終えた頃でもあり、馬頭観音祭は、ちょっとした「農家の忘年会がわりでもあった」と聞きました。

 なお、馬頭観音祭の内容は、様々ありますが、あくまでも一つの例として、下記の立福寺町の馬頭観音祭をご覧頂けないでしょうか。

上側:子ども相撲 、 下側:餅まき

立福寺町の馬頭観音祭
 まず、立福寺の馬頭観音の建立年月日は、 明治17 (1884) 年11月19日です。上野の推測ながら、これは旧暦の月日と思われます。

 記録がないので推測するしかありませんが、この建立年を起点として、その後、当時の立福寺郷(現在の立福寺町)で祭られるようなったと思われます。

 現在でも12月19日を中心に、学校や仕事の都合上、休みの日(土、日、祝日)に、この馬頭観音祭は開催されています。

馬頭観音祭の主な準備や内容について

 2014年12月14日に開催された立福寺の馬頭観音祭では、主な準備や行事として、概要次の内容が実施されました。

 当日の早朝から、町内会役員や世話役を中心に立福寺の馬頭観音のある六社権現の境内周辺の草取り、溝さらえ、子ども相撲用の土俵造り、食事や餅まき用の餅・お菓子などの準備作業などがおこなわれました。

 そして、15時30分〜16時15分まで、1)町内会長の挨拶、2)子ども相撲、3)子どもさん用の食事、4)餅まきまでで、六社権現での行事は終了しました。その後、場所を立福寺公民館に移し、打ち上げ会(懇親会)があったようです。

 この日の参加数は、目測ながら約60名でした。立福寺町の人口は、2014年12月1日現在で185人ですので、約3分の1です。町内の行事としては、多かったのではないでしょうか。また、市内でも地域や個人で祭られている馬頭観音祭は、いまなお多いです。しかし、立福寺の馬頭観音祭みたいに町単位で祭られている例は、他にないと思われます。

 また、このページ掲載写真(=餅まき写真)にも写っていますが、「馬頭観世音」(馬頭観音のこと)の高い幟(ノボリ)まで作成され、祭りの時に立てられている様子を見られるのは、今では本当に珍しいことと思われます。

  (ご参考までに、2014年12月14日開催の立福寺の馬頭観音祭についての概要報告ページは、ここからご覧下さい)

補足

(この原稿は準備中。しばらく、お待ちください)



初回掲載日:2015年1月6日、第二次掲載日:1月7日、、第三次掲載日:1月8日

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