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郡中学校の歴史 紹介
(写真1) 1957(昭和32)当時の郡中学校(航空写真) 中央部は2階建て本館校舎、右側4棟は平屋校舎
手前側の白く見える道路は国道34号線、奥の高いポプラ並木の奥側は、ほとんど畑で左奥側は現在テニス場。
<創立五十年記念誌より>
郡中学校の歴史について
用語解説(下記は広辞苑の解説より)
 ・中学校
とは、(1)小学校の教育を基礎として中等普通教育を施す学校。修業年限3年で小学校の6年と共に義務教育。 (2)旧制で、高等普通教育を授けた修業年限5年(第二次大戦末期は4年)の男子中等学校。1886年(明治19)中学校令により開設。
 ・尋常小学校とは、旧制の小学校で、初等普通教育を施した義務教育の学校。1886年(明治19)に初めて設置。満6歳で入学、修業年限は4年、1907年から6年
 ・高等小学校とは、旧制で、尋常小学校の上に接続した学校。尋常小学校との併置校(尋常高等小学校)が多かった。高等科。
 ・青年学校とは、小学校卒業の勤労青年に産業実務教育・普通教育および軍事教練を施した旧制の学校。1935年青年学校令により実業補習学校と青年訓練所とを統合、全国市町村に設置。39年に男子の義務制を実施し、軍事教練を重視。47年廃止。

 注1:このページ内容(文章・写真・図など)は、「大村市立郡中学校創立五十周年記念誌(1995年11月29日発行、編集者:大村市立郡中学校創立五十周年記念実行委員会)を引用・参照・複写して作成している。(この記念誌を以降「創立五十周年記念誌」と称する)

 注2:上野も郡中学校の卒業生で、最上記の古写真は在学時以前のものだが、ほとんど当時も変わりなかった。この写真や在学当時も体育館・プール・武道館・テニス場などはなかった。


(写真2) 1994年当時の三五二海軍航空隊(草薙部隊)
「航空隊」文字の左側部分が現・郡中学校の敷地
「三五二空」敷地の上側道路が国道34号線、右下側方向に大村海軍航空隊。
(出典:2015年度 大村市立史料館特別展の冊子「軍都」大村の歩みと市民
~回顧1896ー1945~の6~7ページ掲載写真より。トリミングし、一部CG加工した)

郡中学校の前史について
 大村市立郡中学校は、国の
学校改革により、1947(昭和22)年4月1日、郡高等実業青年学校に新設(創立)されました。ただし、郡中学校の開校の前に、何もなかったのかといいいますと、そうではありません。戦前の尋常小学校(国民学校))=小学校を卒業後の学校として、高等小学校、青年学校、同じ名称の「(旧制の)中学校」などがありました。

 ただ、先の学校全てが、現在の中学校に直接つながっていたかといいますと、そうでもありません。そのことと「関係あり、なし」に関わらず、現在の郡中学校周辺にあった1947(昭和22)年4月1日以前にあった各学校について、少しだけ書いていきたいと思います。



 (後半原稿は、準備中。しばらく、お待ちください)




郡中学校の開校



  (この原稿は、準備中。しばらく、お待ちください)



郡中学校の概略史



  (この原稿は、準備中。しばらく、お待ちください)



補足


(この原稿は、現在準備中。しばらく、お待ちください)



初回掲載日:2020年10月30日、第二次掲載日:6月22日、第三次掲載日:6月29日、第四次掲載日: 月 日

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