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2016年、(福重小5年生の総合学習)白馬様、大村の郷土料理(歴史)の講話(概要報告)

日時:2016年1月28日14時10分〜16時50分 (右側写真は、上野の講話中のもの)
参加数:
全体で38名(福重小学校5年生と先生)
場所:福重小学校・5年1組教室
主なテーマ:1)白馬様、2)大村の郷土料理(歴史)など
講師:上野
概要:今回の総合学習は、上記にも書いています通り、1)白馬様、2)大村の郷土料理(歴史)などでした。

 今回の総合学習用に、別途3ページの配布資料と、A3サイズ写真10枚を示しながら説明しました。その主な内容(概要)は、下記項目に写真付きで紹介しています。最初の1)白馬様については、学校敷地内にあるということもあり、また、色々な行事で先生方から聞く機会もあったのか、児童も良く知っていました。

  次の2)大村の郷土料理については、ほぼ全員が各家庭で作られた料理や特産物を食べ、自らも調べているのか、特徴的な質問などはありませんでした。全部の説明が終わった後、児童代表及び全員から丁寧なお礼がありました。

 下記の写真や紹介文は、上野方から説明した主な内容です。(下記の写真や名称のところにリンクがあるのは、詳細ページに飛ぶようになっています)
1)白馬様(概略紹介)
白馬様は、教職員・児童の守護神(守り神様)(つまり学校全体の守り神様)として、昭和16(1941)年1月に建立されtた。それ以降から現在まで福重小学校、福重幼稚園、PTA、福重地区町内会などで長年祀ってこられた。

 石祠(せきし)の裏面には碑文があり、建立当初の目的や建立年月が彫られている。(このことの詳細は、福重小学校にある白馬様」ページを参照)

<まとめ>
 (1)元々は、福重小学校がまだ皆同郷(町)の「城ノ前(しろのまえ)」(今の福重地区住民センターの南側付近)にあった。
 (2)その当時に、宿直室(しゅくちょくしつ)に白馬の霊(れい)が度々(たびたび)あらわれた。
 (3)その白馬の霊(れい)を鎮め(しずめ)、先生・児童を守る神様(かみさま)として建て(たて)られた。

 (4)建て(たて)られた後(あと)、今日(こんにち)まで先生、PTA、保護者(ほごしゃ)、福重地区(ふくしげちく)の人たちが、毎年(まいねん)1月に、まつってきた。
 (5)先生と児童の守り神様(まもりがみさま)があるのは全国的(ぜんこくてき)にも大変(たいへん)珍しい(めずらしい)と言われている。見学者(けんがくしゃ)もある。

2)大村の郷土料理(歴史)や、特産品(とくさんひん) (概略紹介)
 まず、郷土料理=その地域(ちいき)でとれた産物(さんぶつ)をつかって、その土地(とち)にあった食べものとして、長年(ながねん)の歴史(れきし)と、広く作られている料理のことを言うと思う。今回紹介するのは、料理だけでなく特産品と呼ばれている食べ物もある、また、「大村の郷土料理」と言っても、大村以外でも広く作られている料理も含めて紹介したい。

大村寿司
須古寿司(佐賀県白石町)

1)大村寿司(おおむらずし)
主な材料:米、酢、砂糖、塩、干し椎茸、ふき、魚、卵、かまぼこ、絹さや、しょうがなど。
歴史:正確には不明である。500年以上の歴史ある郷土料理である。

 次の3説(せつ)は、参考(さんこう)までに、ご覧下さい。。
(イ) 1480年(文明12年)に大村純伊(おおむらすみこれ)と関係(かんけい)ある説。ただし、これは江戸時代に大村藩(はん)が作って書いた説で今では、まちがいと言われている。

(ロ) 砂糖(さとう)と関係ある説。大村寿司には、たくさんの砂糖がつかわれている。江戸時代に砂糖が広まってから大村寿司にもつかわれるようになったのではとも言われている。

(ハ)佐賀県(さがけん)白石町(しろいしちょう)須古地区(すこちく)に伝わる須古寿司(すこずし)が、大村へ伝わった説。

2)煮ごみ(にごみ)
主な材料:ゴボウ、ニンジン、大根(だいこん)、厚揚げ(あつあげ)、シイタケ、タケノコ、レンコン、サトイモ、鶏肉(とりにく)、ゆでた薄皮付きの落花生(らっかせい)など。

歴史:正確には不明である。落花生(らっかせい)の入っていない煮ごみは、江戸時代以前も似たようなものがあった可能性もあるだろう。ただし、落花生入りの煮ごみは、落花生が中国から江戸時代はじめに伝わってから、だいぶ後(あと)かもしれない。

・つきあげ(*大村だけではない。サツマイモの産地には多い)
主な材料:さつまいも、小麦粉、砂糖(さとう)など。

歴史:正確には不明である。さつまいもは元和元年(げんわがんねん=1615年)に中国から平戸(ひらど)に伝わり、そして県内(けんない)にも広く作られるようになった。

・湯でピーナッツ(ゆでぴーなっつ、ゆでぴー)

歴史:正確には不明である。落花生(らっかせい)が中国から江戸時代はじめに伝わったと言われている。ただし、直ぐに塩湯で(しおゆで)したピーナッツが作られたのか、どうかは分からない。

・へこはずしおこし(松原おこし)

歴史:延宝(えんぽう)7年(1679年)に伝えられたのが、はじまりと言われている。



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