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説明中(後方右は郡岳、左は武留路山)
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竪穴式住居跡(柱の立っていた穴など)
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石包丁(弥生時代)
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沖田町にある黒丸遺跡の発掘調査現地説明会・報告
主催:長崎県教育委員会
日時:2009年2月28日 14時00分〜15時30分
場所:沖田町の郡川左岸の土手近く発掘遺跡
参加者: 一般参加者約65名
(福重郷土史同好会は4名)
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1)沖田町の遺跡発掘状況は
郡川の河川拡張・改修工事を前にして遺跡発掘が、大村市沖田町の郡川の左岸の土手近くで昨年度に続いて今年度もおこなわれています。ここの遺跡は、縄文・弥生時代を中心とした遺跡が年代も重層的に、面積も幅広く出土している所です。
今回の発掘調査は、2009年1月から3月の間におこなわれているものです。面積は約930平方メートルです。 主な遺構、遺物は縄文時代、弥生時代で、土器、石器などがコンテナー20箱分と言う多さで出土しています。
2)現地説明会の概要
14時00分から郡川の左岸土手近くの発掘現場で発掘を担当された方始め、各先生方から、この遺跡の遺構、遺物などについての説明が続きました。
その後、実際に発掘現場で直接手を使ったり、触ったりもしながら説明を受けました。なお、遺構は、弥生時代のゴミ捨て穴と考えられる土杭、住居もしくは倉庫(掘立柱建物)の柱の跡と思われる穴(ピット)が多数ありました。
あと、今回は「遺跡の発掘体験を直接してみよう!」と言うことで、大人、子どもも一緒になって土を掘ってみました。子どもさん達も熱心で遺物を見つけるたびに「あった!」、「これ何かなあ?」などの声も聞こえていました。
事務所棟の発掘物展示場では、今まで出土した遺物が沢山展示してありました。その中には、籾圧痕土器(もみあつこんどき)、磨製石斧(ませいせきふ)、石包丁(いしほうちょう)、縄文時代の打製石斧、その他8世紀頃の須恵器など、興味引くものでした。
籾圧痕土器(縄文晩期〜弥生早期) 磨製石斧(弥生時代中期) 石包丁(弥生時代) 今回の発掘現場説明会及び展示のために、ご努力された関係者の皆様、大変お疲れ様でした。
以上
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