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福重郷土史同好会
2010年の活動報告(2)

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第32回例会報告
日時:2010年5月17日 19時10分〜20時50分  場所:福重住民センター  参加者: 5名

報告など(前回3月15日例会以降から、主なものだけ)
(1)4月15日、寿古遺跡出土の陶磁器の説明文を受領 (別紙参照)
(2)5月4日〜5日、郡岳の中腹調査(疱瘡墓と太郎岳大権現の本坊跡など)  (別紙参照)
(3)5月13日付け西日本新聞、大村湾の「盗人島」への謎の飛び石 (別紙資料参照)
(4)5月15日、「盗人島」への飛び石を調査(2名参加) (別紙報告書参照)
(5)5月23日、藤野保氏などの講演会 (別紙、講演会案内チラシ参照)

寿古遺跡の遺物・こね鉢
郡岳(写真左:坊岩)
郡岳(頂上、826m)
太郎岳大権現の礎石跡(頂上)

議題
1)寿古遺跡の遺物と古代・肥前国の彼杵郡家(役所)=寿古・好武説が最有力

(1) 根拠:1.本庄淵(本城渕)、2.寿古遺跡の遺物、3.好武の丘 など。
(2) 遺物:戦国時代が少なくて、それ以前が多い。中世時代の白磁・青磁は当時の高級舶来品。古代・肥前国時代の須恵器も出土。とにかく他地域にない遺物が沢山出る。
(3)彼杵郡家は、寿古の好武に一辺が2町弱(推測では実質170m×200m位か)の役所だった。
<補足や討論など>
 ・沖田は縄文、弥生時代の遺物がたくさん出土する。欠損していないものが多い。
 ・寿古の陶磁器は大量に出土するが、欠損もしくは壊れたものも多い。
 ・今回の説明文や写真をもとに今後も討論していく。

2)郡岳の疱瘡墓を探して
(1) 別紙参照、推定場所は、ほぼ特定できたが、5月現在、墓地発見までには至っていない。
(2) 今後も探す予定。
<補足や討論など>
・地元では、総称して疱瘡墓と呼ばれているが、江戸時代には様々な病気で亡くなった方も埋葬されたと聞いている。

3)謎の太郎岳大権現の礎石跡や本坊跡を探して
(1) 別紙、太郎岳大権現(奈良時代初期の和銅年間=708〜715年に行基が開山)調査報告書を参照。
(2) 郡岳(826m)の頂上にある礎石跡。報告書及び写真参照。
(3) 郡岳中腹にあった太郎岳大権現の本坊跡は、ヒントとして中腹南側に「縦9m、横36mの平地」近くにある「汲川」と言う泉、「106mの杉の木」などである。
(4) 5月か6月に郡岳へ行き郡岳中腹の平坦な本坊跡や郡岳の疱瘡墓などを探索予定。
<補足や討論など>
  ・大村の郷土史の本などには、ほとんど太郎岳大権現の本坊跡や頂上の礎石跡なぢについては今まで触れられていない。

4)大村湾の「盗人島」への謎の飛び石

(1)5月13日付け西日本新聞と、5月15日の報告書を参照。
<補足や討論など>
 (飛び石の写真、簡単な計測結果、大村藩領絵図の盗人島や玖嶋崎部分の写しなどの資料をもとに討論した)
  ・大村郷村記には記述がないようだ。このことから、近代に石が置かれたとの説がある。
  ・他の飛び石例として郡川の飛び石があるが江戸時代に決められていて1個の長さ2m10cm、幅84cmで、合計46個あった。単純な大きさ比較ながら盗人島の飛び石より、郡川の飛び石が倍位大きいものだった
  ・この付近の玖嶋崎は江戸時代に埋め立てもした場所であるし、郡川の飛び石の半分位の大きさのため、石の運搬や設置作業は、例え江戸時代説をとったとしも充分可能ではないだろうか。
 ・ただ、石祠や宗教施設らしきものが島にはないので、何のために飛び石が設置されていたのかは、不明ではある。
 ・飛び石は「島へ渡る」と言うより、どこからか島に来て舟を横付けして、「島から陸地側へ渡った」と言う説もある。

5)福重中心の戦災概況
  (別紙参照)
(1)罹災戸数(小破以上)寿古郷=2戸、皆同郷=6戸、沖田郷=16戸、弥勒寺郷=3戸、野田郷=3戸、今富郷=9戸 立福寺=2戸、福重地区合計=41戸(前回報告、討論済み)
(2)各町内別の戦災状況、軍事施設跡の状況など。 (別紙資料)

<補足や討論など>
 ・詳細は省略するが、野田、立福寺、今富、弥勒寺、皆同、寿古の各町について分かった範囲内で報告があった。
 ・福重小学校の生徒が艦載機の機銃で殺された。
 ・皆同の防空壕では11名生き埋めになり、その内9名が死亡した。
 ・福重にも福重飛行場を始め砲台、機銃台、兵舎その他軍事施設も多かった。
 ・軍事機密の関係もあり一般には知らされていないが、かなりの施設や爆撃その他による兵隊の死亡もあった。
 ・海軍の草薙部隊が置かれた沖田が、国の資料では一番罹災数が多い
 ・国の調べた罹災状況は、かなり数的に正確であることが判明した。
 
<今後の取り扱い>今回を第一次報告として継続して各町内別に戦災状況、軍事施設跡などを聞き取り調査して、次回報告することとする。(継続取り組み)

6 )今年の史跡巡りについて
 ・どこか、候補地があれば。次回に、また討論することとする。

7)次回の例会予定
 ・6 月28日19時30分〜

掲載日:2010年5月21日

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