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大村空襲・戦災・戦争遺跡・記録など   詩吟「二十一空廠殉職者の霊に捧ぐ」 
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項目  主な内容 掲載状況
 はじめに  作詞や詩吟の披露状況などの紹介 掲載中
 詩文(歌詞)の筆文字版  詩文を筆文字で清書されたもの  掲載中
 詩文の活字版  詩文の筆文字版を横書で活字化したもの   掲載中
 詩文の口語訳  詩文に補足しながら口語訳で分かりやすくしたもの  -
 補足  上記の事柄の補足など -

はじめに
 まず、この詩吟の作成された経緯や、その後の状況などを箇条書きにすると、主に下記の点線内通りである。(注:右側の画像は、下記で紹介の「詩文の筆文字清書版」の縮小版である)  なお、下記の事柄は、全て(大村市在住で)日本書道 西大村支部長の江崎富義氏のお話を上野が聞いて、まとめたものである。また、この詩文の筆文字の清書も、同氏がされたものである。
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 ・詩文作成者:(故)山口 岩市<同氏は21航空廠当時の技官だった方>
 ・詩文作成年:(下記の初披露の年と同じ)
 ・初披露:1963年(昭和38年)10月25日と推定される
  (上記の後も披露されたようである)
 ・目的:慰霊塔の完成時、殉職者への慰霊
 ・場所:(現在の)第21航空廠慰霊塔<慰霊塔公園>(大村市松並2丁目857)
 ・詩文の筆文字の清書:江崎 富義(日本書道 西大村支部長)
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 後の項目で詩文の筆文字清書版詩文の活字版や、詩文の口語訳及び用語解説を掲載している。ただし、詩吟は、本来ならば仮に少々難しい漢字や表現があったとしても、その吟じられる方の詠われる力量や雰囲気で分かるものであろう。そのようなことから、普通は詩文についての用語解説や口語訳などは、不要と思われる

 しかし、この詩吟内容は、第21航空廠への空襲、しかも当時、働いていた方が作詞された内容なので、その苛烈な状況や悲しみの深さを表現されていていることから、戦前や空襲の状況を今に伝える資料も少ないゆえに、それらを生々しく物語っている価値観もあるものと、上野は考えて今回紹介している。

 また、現在、この「福重ホームページ」は、市内の小中学校生も閲覧してもらっているので、趣旨変えない範囲内で、できるだけ分かりやすい表現にしようとも考えた。

詩文(歌詞)の筆文字版
 下記の画像は、詩吟「二十一空廠殉職者の霊に捧ぐ」詩文(歌詞)の筆文字版である。先の「」はじめ」にも書いているが、清書されたのは江崎富義(日本書道 西大村支部長)である。同氏の了解を得て、複写した縮小版を掲載している。なお、一部の文字が消えている、あるいは見えにくい点は、ご了承願いたい。
 注:下段には、この筆文字を横書きに直した活字版と、詩文の口語訳を掲載予定である。
 注:念のため下記の詩文(歌詞)は、上下で1行である。(上下1行づつ閲覧後、次の行を読んで頂きたい)

詩文の活字版
 下記の青文字は、上記の筆文字の縦書きを横書きの活字に変えたものである。
二十一空廠殉職者の霊に奉ぐ   (故人)山口岩市
   国のため命捧げし大和魂 尊き勲 永久に伝えん

 
想いを回らせば夢の如し大東亜戦 東洋に誇る廿一空廠
 四萬の廠員休日を知らず 日夜営々として増産に励む
 時恰も甲申秋十月 敵機襲来雲霞の如し
 爆弾炸裂百雷の如く 施設は一瞬にして潰滅に瀕す
 骨砕け血は流れ大地を染め 殉職の精霊四百有余
 学徒有り又挺身隊有り 嗚呼痛恨紅涙伝う
 我等此の地に立ち悲愁溢れ 往時彷彿して眼前に在り
 同志相計り冥福を祈り 大村湾頭 この碑を建つ


詩文の口語訳


  (この原稿は、準備中。しばらく、お待ち下さい)


補足

  (この原稿は、準備中。しばらく、お待ち下さい)

 (初回掲載日:2021年11月11日、第二次掲載日:11月19日、第三次掲載日:12月7日、第四次掲載日: 月 日、第五次掲載日: 月 日、第六次掲載日: 月 日)
-  引用・参考書籍一覧  本特集ページを作成するため引用・参照した書籍名など 掲載中
       
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