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大村の史跡説明板・案内板シリーズ 鬼の石(おに の いし)

(史跡説明板)鬼の石(おに の いし)
 名称:鬼の石(おに の いし)  様式:説明板
 場所:大村市 小川内町(おがわちまち)  設置者:住みよい町づくリ「チーム鈴田」
 設置年:2019年3月31日(平成31年3月31日)  GPS実測値:32度54分04.95秒 129度59分49.87秒
 全体の大きさ:高さ150cm、横幅70cm  (国土地理院)地図検索用ページ
 本体の大きさ:高さ60cm、横幅70cm  グーグルアース用数値:32°54'04.95"N,129°59'49.87"E
(写真1) 鬼の石と史跡説明板(石は高さ約4m50m、横幅約4m80cm、奥行約6m、外周約18m50cm.。写真は広角レンズ撮影) 
(写真2) 鬼の石と史跡説明板(石の右端側。南西の三差路から撮影)
史跡説明板写真周辺の説明
 (写真1、2)の通り、鬼の石の東西南北は、畑ばかりです。数本の木を除けば、まるで畑の中に、この鬼の石だけが、ポツンと1個だけ取り残されたようにも見えます。

 また、この石の周辺に近づかなくても、鈴田小学校
(体育館やプール)の東側を通る市道を北北東方向へ約1.5km登った地点(小川内町の墓地の手前)周辺からハッキリと大きい石が見えています。(市道から望遠レンズで撮影可能です) そのくらい、大きな目立つ石でもあります。

 そして、この市道から西側へ、農道(小道)を約150m行った所から、今度は約15m北方向へ登ると、鬼の石や今回設置された史跡説明板があります。(写真2を参照)

 ご参考までに、 (写真1)に見えています史跡説明板横方向の石の窪みは、地面より一段高いので、鈴田小学校・児童が登ってもいます。<このことは「2017年 大村市立鈴田小学校・地域学習・鬼の石見学
(11月28日の概要報告)」ページを参照>  また、この石は、木にぶら下げてあるプレートを読みますと、「鬼の石 ボルダリングエリア」となっています。(一人100円を入れると登れるということです)

史跡説明板の内容
 このページ(写真1)中央部やや左側に白く写っています鬼の石(おに の いし)の史跡説明板には、、下記< >内の青色文章が書いてあります。その説明板を拡大したのが、右下側の(写真3)です。

(写真3) 鬼の石の史跡説明板(本体のみ)
 なお、(写真3)をご覧の通り、原文は縦書きですが、ホームページ用に横書きに直しています。また、原文は、そのまま生かしたいのですが、ホームページの制約上や表現上から見やすくするため、改行や送り仮名などは、一部変えている場合もあります。

 < 鬼の石
 この直径三メートル以上もある大きな石は、大昔の事、大きな鬼がふんどしの前垂れに包んで、鈴田の谷をひとまたぎに渡ろうとしたときに、そのふんどしの紐
(ひも)が切れて、似田(にた)の辻(つじ)に落としたものだと言われています。

 また、鬼が谷をまたいだときの右の足形が、中里の山の中腹(武士の墓付近)にあり、左足の形は、現在、徳泉川内に「足形
(あしがた)」という池名で残っています。(鈴田小学校創立百周年記念誌より) 

 なお、この鬼の石がある辺りの丘を「大石の原」と言い、下手の似田の辻とああせて、昔、大村の殿様がタカ狩りをしていた所だと言い伝えられています。その似田の辻の下の方には、タカを葬
(ほうむ)った墓があります。

 平成三十一年三月三十一日 住みよい町づくり「チーム鈴田」 >


補足


  (この原稿は準備中。しばらく、お待ちください)


(初回掲載日:2019年5月7日、第2次掲載日:5月12日、第3次掲載日:5月14日、第4次掲載日: 月 日、第5次掲載日: 月 日) 


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