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写真・報告 その532 |
2021年、松原「浦安の舞」の練習(概要報告) |
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(写真1) 松原・「浦安の舞」の練習(上演寸前) (松原八幡神社の相撲場にて) | ||||||
松原「浦安の舞」の練習(概要報告) 日時:2021年11月14日 場所:松原八幡神社・相撲場 参加:全体40名(子ども、大人・関係者、見学者含む)
注2:この松原「浦安の舞」は、新型コロナ前、通常ならば例年11月に開催されている松原くんちなどで松原八幡神社の拝殿にて奉納されている。 注3:掲載写真は順不同で、整理番号には何の意味もない。 主な内容(概要のみ): 2021年11月21日開催の「松原くんち」で披露される松原「浦安の舞」の練習が、上記通り11月14日におこなわれていた。この日、撮影者の上野は、上記と同じ松原くんちで上演される、松原神楽の「全員一斉練習(総練習)」や、ついでに社殿などを写そうと思って、予定時間の14時開始時刻より、40分ほど早く松原八幡神社に行っていた。 神社から少しだけ離れている駐車場から神楽の楽曲が聞こえてきた。「あれー、開始時間を間違えて遅刻かなあ」と思って近づくと、それは松原「浦安の舞」の練習だった。そして、逆に「これは、いい時間に来た」と思い直した。この舞について、私は今まで、同じ松原八幡神社や萱瀬地区のある氷川神社境内で「浦安の舞」(本番)披露は、何回か見学したことがあった。しかし、その練習まで見たのは、初めてのことであった。 ただし、私は、この浦安の舞そのものについて、詳しい者ではない。そのため、重複するが先に掲載中の(「大村歳時記シリーズ」の)「(大村市内での)浦安の舞」ページ冒頭部分を次の点線内で紹介したい。 ----------・・・----------・・・---------- <(大村市内での)浦安の舞(うらやすのまい) まず、この浦安の舞は、宮内省雅楽部楽長だった多忠朝(おおの ただとも)氏が、1940年(昭和15)に作られ、当時から全国にある神社や儀式(式典)などで披露されている舞です。下記<>内の(国語辞典)大辞林の解説も参照願います。今回、このページ作成にあたり、大村ケーブルテレビ報道部の皆様から大村市内で披露されている浦安の舞の情報提供を頂きました。 < 浦安の舞(うらやすのまい)=神事舞の一。1940年(昭和15)の皇紀二千六百年祝典の際に作られたもの。上代の手振りをしのぶ、荘重典雅な女舞。>(大辞林より) (後略) |
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・松原の「浦安の舞」関係ページ)「(大村市内での)浦安の舞」>> |
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関係ページ:(大村の歳時記シリーズ)「松原くんち」 |