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1941年(福重村写真集)銃後の郷土

学校付近より見たる八巻山郡岳の遠望


学校付近より見たる八巻山郡岳の遠望

<補足説明>
(1)写真左側には、學校附近ヨリ見タル八巻山郡岳ノ遠望の文字があります。八巻山(はちまきやま=鉢巻山、335m)は、写真中央部のやや奥側の山です。郡岳(こおりだけ、826m)は、さらに奥右側の山です。両山とも大村市内にあります。毎日、福重のどの場所からでも良く見える(特に、標高の高い郡岳の方は)”故郷の山”といえます。

(2)撮影場所について、左文字の通り「福重小学校付近」からですが、写真の感じからして、小学校の前(北側)のやや高い位置からと推測されます。

(3)写真手前側が皆同郷(町)、中央左側(西側)が矢上郷(福重町)、中央部が弥勒寺郷(町)、中央右側(東側)が立福寺郷(町)、奥側の郡岳含む右側(東側)方向が重井田郷(町)になります。中央左側には、この付近では大きな建物である妙泉寺・本堂が写っていて、そこから右方向には、いくつかの家並みもあります。

(4)10月か11月頃の写真ですから、写真中央部左右には多くの稲の掛け干しがしてあり、手前右側にも一部あります。その左側には、掛け干しに使われていた稲掛け足と稲架(はさ)が揃えて置いてあります。さらに左側では、取り入れの終わった田んぼを耕すために牛に鍬(すき)を引かせる人(白い服装)も写っています。

(5)この写真撮影後1か月位で太平洋戦争突入(真珠湾攻撃など)になりますが、そんな緊迫感を感じさせない、のどかな雰囲気があるといえます。2013年現在で当時から70数年経ちました。上記写真に写る人が住む場所、あるいは耕作地は大きく変わりましたが、この写真にある両山は当時も現在も、あまり変わっていないような気がします。

 (初回掲載日:2013年9月16日、第2次掲載日:2013年9月20日)

 

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