冊子:『大村の空襲』(概要紹介)
<この冊子の大きさや発行など>
・発行日:2020年7月15日 、・A4版(オールカラー)14ページ 、 ・ 企画、撮影、編集、印刷まで上野が実施。(製本だけは印刷会社) 、 ・発行者:上野盛夫
<この冊子の発行理由と特徴>
(1) 1961年発行の大村市史には、大村市統計を用いて市内各地の空襲状況、それに犠牲者数や罹災戸数も書いてある。しかし、過去何十年間も大村の空襲といえば、ほぼ全部、第21航空廠(航空機製造工場工場)での空襲、犠牲者数や罹災状況ばかりだった。場所は違えど、同じ大村市民が空襲に遭い、そして、市内各地でも多くの犠牲者や罹災があったことも公平に広報すべきと思った。
(2) 資料が少なくて市内各地の空襲状況を調べるのは、難しいことではある。また、空襲の状況を知っておられる方々=高齢者(90数歳以上の方)も少なくなりつつある状況下、その「情報を呼びかける資料」として作成した。
(3) 戦争や空襲の悲惨さを語り、恒久平和を望むために長崎・広島原爆あるいは第21航空廠の空襲を語るのも重要である。しかし、市内各地の身近な地域でも空襲による犠牲者や罹災者はあったのである。その中で、例えば福重地区では当時、福重国民学校(小学生)の9歳の児童や、陰平町では妊娠した女性がアメリカ軍機の機銃によって射殺された。
このような身近な(各校区内)空襲も、小中学校の生徒さんだけでなく大人の方も少しでも知って頂き、後世に伝えていく資料の一つになればと思い作成、発行した。
(4) なぜ、大村市内各地でも空襲が多いのか、その要因などもまとめた。
ご注意:本冊子に書いている空襲状況、犠牲者や罹災数は、発行前の事柄や数値であって、その後、新たに情報が寄せられてる。そのため、今後、新情報も含めて、「大村空襲・戦争遺跡・遺構(もくじ)」ページに補足、改訂、新規掲載をおこなっていきたい。 是非とも空襲関係の情報をお願いしたい。
・問い合わせ先:『福重ホームページ』管理人:上野のメールアドレスへ
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