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大村の石塔、記念碑、石碑や碑文など
(野岳湖)用水路工事竣工記念碑
 概要紹介
掲載中
 1)碑文内容について 掲載中
 2)大きさ、緯度経度など
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   緯度経度など
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 まとめ
準備中
・碑文関係用語解説集ページは、ここからご覧下さい。
掲載中
(写真1) 中央部が(野岳湖)用水路工事竣工記念碑(のだけこ ようすいろ こうじ しゅんこう きねんひ)
(写真2)

概要紹介
 長崎県大村市東野岳町にある野岳湖(野岳大堤、野岳大ため池)の堤体(ていたい、堤防のこと)の北側に加工石に彫られた(野岳湖)用水路工事竣工記念碑(のだけこ ようすいろ こうじ しゅんこう きねんひ)がある。この記念碑は、野岳湖水を供給する用水路を改修工事(現代式のコンクリートの構造や擁壁)され、その工事竣工記念碑と思われる。

 なお、この用水路は裏面にある碑文内容から推測して、佐奈河内川の源流部近く
<重井田水神(通称「大谷水神の下流>にある定め石の横にある取水口から野岳湖までの長い用水路のことと思われる。

 この工事は、1967(昭和42年10月から1970(昭和45)年3月に完工している。用水路の工事の長さは、約1.9Kmであった。その費用は、国・市・地元負担でおこなわれた。
(詳細は下記の碑文内容を参照)

 
注:実物の最上部で一番大きな碑文には、「用水路工事竣工記念碑」と彫ってある。ただし、ホームページ上、この碑文(名称)だけでは、どこの湖(ため池)の用水路か、閲覧者に分かりにくいので、上野が頭に「(野岳湖)」と付けている。

1)碑文内容について
(1) 正面上部(右側の写真を参照)
 用水路工事竣工記念碑
 
昭和45年4月12日


補注A:上側の文字が一番大きい。これが記念碑の正式名称である。ただし、本ページでは頭に(野岳湖)を付けている。

補注B:下側の碑文は記念碑の建立年月日であろう。
    西暦では1970年(昭和45)4月12日

(2) 正面下部(左側写真を参照)
 注:水利組合関係者(個人名)が彫られている。
   <碑文内容は省略>
(3) 裏面上部(右側写真を参照)
野岳大溜池ハ寛文元年三月深澤儀太夫ニヨッテ筑堤サレ、周囲四「キロ」 利用耕作面積百「ヘクタール」 貯水量百四十万「トン」ハコノ用水路ニヨリ 三百年ノ長キニ亘リ灌水サレテイタガ 近年漏水甚ダシク、毎年三月受益者二百余名ガ出夫シ 粘土ニテ補修セシモ其ノ効ナク 昭和四十年十月総会ニ於テ水路改修工事具体作ニツイテ検討シ 改修工事ヲ行ノウヨウ決定 昭和四十二年十月団体営土地改良事業トシテ着工 主要工事(用水路延長一,九一一米「コンクリート」三面張、落差工七ヶ所 分水工三ヶ所 水道四ヶ所) 施工 昭和四十五年三月完工 同年四月十二日竣工式ヲ挙行ス
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 上記の裏面上部碑文を口語訳すると、次の<>内の青文字通りと思われる。なお、碑文の主旨を変えない範囲内で上野の方で補足、句読点や段落などもしている。そのため、あくまでも参考程度に閲覧願いたい。もしも、引用される方は、必ず記念碑の碑文(原文)から願いたい。

 野岳大ため池(野岳湖)は、寛文3年(1663)、(初代の)深澤儀太夫(勝清)によって造られた。(築堤とは堤防を築くことである。つまり溜池を造ることと同じ意味あり) (その)周囲は4キロメートル、(この溜池から水が供給されている)耕作地の面積は100ヘクタールである。貯水量の140万トンは、この用水路により300年の長きにわたり灌漑(かんがい)されてきたが、近年、漏水(ろうすい)が甚だしく(多く)なってきた。

毎年3月、(水の供給を受ける)受益者200名余りが、出夫(作業)して粘土にて補修(工事)をしてきたが、その効果が無い(状況である)。(そのため)昭和40年(1965)10月の(水利組合の)総会において工事の具体策について検討し、改修工事をおこなうように決定した。

 昭和43年(1968)10月、団体営土地改良事業として(工事を)着工した。(その)主な工事<用水路の長さ1,911メートルのコンクリート製の三面張り(両側面と下部面の3面)。落差(段差)のある所は7ヶ所、水を分ける所が3ヶ所、水道4ヶ所)>を施行した。(その改修工事は)昭和45年(1070)3月に完成した。(そして)同年4月12日に竣工式を挙行(開催)した。>

(4) 土台石の右側面(左側写真上部を参照)
 注:左側写真通り、実物の碑文は縦書きで、費用項目と金額が2行で彫られている。このページでは、ホームページ上、見やすくするため全て横書きに直し、改行も変え、また、1項目1行で書いている。ただし、漢数字は、そのまま表示している。

 改修工事費
 総事業費 一一〇三五千円
 調達内訳
   国市補助金 六〇七万円
   公庫借入金 三八九万円
   地元負担金 一〇七五千円
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 注:上記の土台石以外の各側面にも寄付者や関係者と思われる個人名が多数彫られている。ただし、このページでは、それらは、全て省略している。


補足
 

2)大きさ、緯度経度など
  


 (この原稿は、現在、準備中。しばらく、お待ちください)



まとめ
 
 (この原稿は、現在、準備中。しばらく、お待ちください)


・関係ページ: 「野岳湖」 「(江戸時代の)定め石(さだめいし)


(初回掲
載日:2023年1月26日、第二次掲載日:4月1日、第三次掲載日:4月3日、第四次掲載日:4月9日、第五次掲載日:4月13日、第六次掲載日:4月17日、第七次掲載日: 月 日)
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