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(写真3) 手水鉢 |
概要紹介
注:手水鉢(ちょうずばち)とは、広辞苑を引用・参照すると「社寺など参拝前に手・顔など洗う水のはいった鉢のこと」である)
まず、矢上の天満宮の手水鉢説明前に、矢上の天満宮の史跡説明板内容を引用・参照して、先に天満宮の概要から紹介していきます。(写真1参照) この天満宮(てんまんぐう)は、菅原道真(すがわら の みちざね)を祭神(さいしん)とする神社です。歴代の宮守は、土地所有者でもある一楽氏です。ただし、改築時などは、郷中(町内)の寄付によっておこなわれている経過があります。
この天満宮の創建は、江戸時代の大村藩が作成した(大村)郷村記によれば、延享(えんきょう)元年(1744)7月23日と記述されています。場所は福重町(旧・矢上郷)の字(あざ)「一楽(いちらく)」です。<ここへの詳細な場所案内は、「矢上の天満宮」の史跡説明板ページを参照>
(写真1の右下側と、写真3を参照) この手水鉢は、先の写真通り、天満宮の境内(けいだい)にあります。手水鉢の建立年は、江戸時代の「文政五年(1822)」です。(写真2の拓本参照) 中央部の大きい碑文からすれば、願いが叶ったお礼や、今後の願いも込めて建立されたと思われます。
また、手水鉢とか石灯籠などを建立するのは、寺社などの場合、新築・改築された時に奉納される例も多いので、その可能性も考えられるでしょう。(碑文内容の詳細は後の項目参照) 大きさは、高さ56cm、横幅36cmです。(碑文大きさの詳細は後の項目参照)
手水鉢の大きさと緯度経度
この手水鉢の大きさと緯度経度などは、下記二つの表通りです。また、全体の状況は、このページ掲載の(写真2、3)を参照願います。
矢上の天満宮の手水鉢の大きさ
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全体 |
高さ56:cm |
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本体(鉢) |
高さ:23cm |
横幅:36cm |
奥行:34cm |
胴囲:1m33cm |
土台(碑文石) |
高さ:33cm |
横幅:21cm |
奥行き:18cm |
周囲:78cm |
矢上の天満宮の手水鉢の緯度経度(GPS実測値)
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名称:矢上の天満宮の手水鉢 |
場所:福重町、字「一楽」(福重小学校から北東へ直線約80m) |
GPS実測値:32度58分00.12秒 129度56分57.38秒
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(国土地理院)地図検索用 |
グーグルアース用数値:32°58'00.12"N,129°56'57.38"E |
標高:GPS高度計は15m、気圧高度計は16m、地図上の標高は13.5m |
手水鉢の碑文
手水鉢の碑文は、(写真2、3)に写っている土台石の部分に3行で彫ってあります。まず、その全文は、ホームページ用にした次の太文字の横書きす。念のため、原文は、(写真2)の通り、全て縦書きです。
文政五年
願成就
十月吉日
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(写真2) 手水鉢(拓本作業中) |
・口語訳
上記の横書き碑文内容は、分かりやすい内容です。そのため、口語訳も不要なのかもしれません。ただし、趣旨を分かりやすくするために文章の流れを入れ替えたり、(
)内=補足を設けながら読みやすくしていきたいと思い、下記「」内の青文字にしました
「願いが成就した(叶った、成功したので) (お礼に、この手水鉢を奉納する.) 文政5年(1822)10月吉日」
念のため、一般的なことならば先の口語訳通り、「願いが叶った」あるいは「願いが叶いますように」との思い、お礼の意味でしょう。ただし、ここからは、上野が各地の神社や権現の鳥居、石塔、石灯籠あるいは手水鉢の建立年月日を調査してみて、次の事柄も考えられますので、補足的に書いておきます。
それは、この種のものは、記念碑的な意味合いで建立される例もあります。例えば、神社(本殿・拝殿など)の新築、改築時などに建立された例も多いです。つまり、現代風にいえば、「・・・工事の竣工祝い」や「神殿完成祝い」みたいな記念碑的な内容と建立年月日ということです。
まとめ
関係ページ:「矢上の天満宮の史跡説明板」
(初回掲載日:2020年6月6日、第2次掲載日:7月2日、第3次掲載日:7月6日、第4次掲載日:8月6日、第5次掲載日: 月 日)
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