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1941年(福重村写真集)銃後の郷土

警防団第一第三分団員の一部


警防団第一第三分団員の一部

<補足説明>
(1)写真左側には、警防團第一第三分團員ノ一部の文字があります。警防団は、国語辞典の大辞泉には下記の通り書いてあります。現在の呼称ならば各地域の消防団と言えるでしょう。左側の旗には、「福重村警防團」との文字があります。

警防団:第二次大戦中、地域の消防や防空などのために組織された団体。昭和14年(1939)設立、同22年廃止。


(2)当時の福重村には、第一、第二、第三の警防団があったようです。上記写真は、その内の第一と第三警防団の一部です。あと、どの付近を境界に第一から第三まで分けられていたのか、今となっては不明のようです。

  戦後のことですから参考程度となりますが、消防団の詰所の一つが寿古町近くの皆同町にありましたし、もう一つが立福寺町にもありました。それらの前身として上記の警防団はあったのかもしれません。なお参考までに、現在、福重地区にある大村市消防団第11分団の二つの消防団詰所は、福重出張所近くの皆同詰所と、野田町(佐奈河内川左岸)にある立福寺分駐所があります。

(3)写真には、17名の方が写っておられます。戦争中のことですから、若い人の中には兵士として出征している人も多く、福重村に残った人で警防団を組織し維持されていたと想像されます。

(4)撮影場所ですが、後方の建物だけでは分かりづらいのですが、福重小学校の本館校舎玄関横と推測しています。

(5)服装ですが、最前列の洋服5人の方は、現在ならば消防署職員に相当する人か、あるいは当時ならば警防団の指導的役職の人だったと推測されます。それ以外の法被(はっぴ)姿の人達は、胸の前部分に「福重村警防團  警防團員」との文字が見えますので、文字通りと思われます。

 (初回掲載日:2013年8月28日、第2次掲載日:2013年8月29日)

 

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