重井田町の天狗伝説 |
もくじ | はじめに | 伝説の背景 | 石や地名 | 飛び立ち石 | 地名の由来 | 足跡石 | 天狗岩と滝 | まとめと名称 | あとがき | Q&A |
重井田町の天狗伝説
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郡岳の天狗 太郎坊は大石を飛んだ
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まとめや名称など |
重井田町の天狗伝説について、先に書いたページと重複してしまいますが、今まで書いてきたことをまとめると、次の「 」内の通りです。 「 重井田には天狗がいた。高くて大きな岩から飛び立ったところ、飛びそこなって怪我して血が流れた。それでも、なんとか飛んだが疲れて休むために佐奈川内川(さながわちがわ)にある大きな石に休んだ。それから、さらに飛んで、次の大きな石に飛んだ。 」 「 そのようなことから、天狗が飛んだ時に怪我した血で赤くなった岩やその付近の地名を『赤岩』と呼ぶようになった。 」
この時期、大村領内の貴重な史料(資料)も全て焼失したと言われていますので、この種の神社仏閣関係や伝承ごとも、他のことも含めことごとく焼却、破壊されたと考えられます。 当然、口伝も一旦は途絶えたと思えます。しかし、結果として、これらの大きい石や岩などは焼くにやけないですし、言い伝えもかすかに伝承する人がいたため、その後はずっと現在まで続いたと思われます。 また、地元の住んでおられる所から、いくつかの大きい石は日常見ようとおもえば見える位置にありますし、歩いて直接触れる場所にあったため親しみやすさもあり、伝承も長続きしたと考えられます。 この天狗伝説が一番強く残っている当該の重井田町及び隣の野田町の年配者の方々に、天狗の名前について、私は尋ねてまわりました。でも、私が調べた範囲内では、名前まで伝承されていないようです。最初から全然なかったのか、はたまた、名前はあったがいつの間にか消えたのか、不明です。
歴史とか郷土史類の文書を書く時は、仮称などは避けなければならないことです。でも、民間伝承の天狗伝説に免じて頂いて、ここで名前を付けたいと思います。奈良時代に「僧の行基が郡岳に登り『太郎岳権現』を開いた」と言う古事(大村郷村記)にちなんで仮に「郡岳の太郎坊」と呼びたいと思います。 でも、この天狗が飛んだ付近は、杉林が豊かなところで、多くの方にその恵みをもたらしました。分っている範囲内でほんの一つの実例ですが野田町公民館の使用木材は、この「赤岩」付近の郷有林(町有林)から伐採・製材され、1954(昭和29)年に建てられました。このような木材使用は、大昔からいくつもあったと想像されます。
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