大村の歳時記シリーズ | 松原神楽奉納記念 手ぬぐい |
松原神楽奉納記念 手ぬぐい
|
|||
はじめに 既に「大村歳時記シリーズ」の「松原神楽 深澤儀太夫勝清 鯨獲り」ページに、松原神楽の上演者(主催者)、上演場所、演目、内容などについては詳細に掲載しているので、先のリンク先ページを参照願いたい。このページでは、今回紹介の手ぬぐいを中心に簡単に書いている。 1、名称:松原神楽奉納記念手ぬぐい(注:演目名は上演年によって違う。下記か下段の写真説明文を参照) 2、上演日や演目名:(注:下記の通り) ・2021年11月21日の上演は「松原神楽 深澤儀太夫勝清 鯨獲り」 ・2022年11月19日の上演は「松原神楽 深澤儀太夫勝清 野岳ため池造り」 3、場所:松原八幡神社の相撲場(長崎県大村市松原本町316番地) 4、手ぬぐいの文字や大きさ(下段の各写真説明文を参照) 5、贈呈:寄付者などへのお礼 6、手ぬぐいの製作者:松原おくんち奉賛会 7、松原神楽の上演者(主催者) :松原宿活性化協議会 ・関係ページ:「大村の偉人・有名人・活躍人シリーズ(もくじ)」の「深澤儀太夫勝清」 , |
|||
1) 「松原神楽 深澤儀太夫勝清 鯨獲り」の手ぬぐい」(上演 2021年11月21日) | |||
<絵の特徴と上野の感想> 中央部の鯨(くじら)目がけて何艘(なんそう)もの勢子舟(せこふね)などと呼ばれている舟に深澤儀太夫勝清を始め、たくさんの鯨獲り組(人)がいる。そして、鯨の頭部に鋭い銛(もり)が刺さっている場面である。まわりの海や波が丁寧かつ力強く描いてあり、その対比と鯨との格闘からして、この鯨獲りが命懸けで、激しい作業であったことも表現されているようにも思える。あと、鯨の近くの舟の上部に深澤家の家紋である枡形紋(ますがたもん)も見える。全体通して、江戸時代当時の鯨獲りの様子が分かりやすい絵ではないだろうか。 ・関係ページ:「大村の偉人・有名人・活躍人シリーズ(もくじ)」の「深澤儀太夫勝清」, |
|||
2) 「松原神楽 深澤儀太夫勝清 野岳ため池造り」の手ぬぐい」(上演 2022年11月19日) | |||
<絵の特徴と上野の感想> (1) この絵は全体、野岳ため池(野岳湖)造りを表したものである。 (2) 左側で一番大きく描かれていて、右手に深澤家の家紋の旗(竿)を持っているのが、現在なら「現場監督」で作業の指揮をしていると思われる。 (3) 中央部の大きな作業場は、堰堤(えんてい、堤防、突堤)の築堤(ちくてい)をしている。 (4) その堰堤(堤防)の両側は、石垣つきである。 (5) 堰堤の中央部は、漏水防止(ろうすい ぼうし)のため、粘土質の土(赤土など)を一人または二人一組で、土(地面)を固めている。(現在ならば「転圧機で地面を固めている最中」といえる場面である) この土(地面)を固める、ならすための道具は、大きな丸太に腕よりも長い柄(え)の握り棒(にぎりぼう)が付いている。この道具名は、地域によって呼び名が違うが、「タコ」などと言われて来たものであろう。 (6) この絵で作業者の一番多い人数が、「もっこ」を担いで、土や石などを運んでいる人達である。あと、右下側には金テコ(かなてこ)や鍬(くわ)を持っている人もいる。 (7) この絵の季節は、作業者がほぼ全員で褌(ふんどし)姿なので、夏季であろう。 (8) 上部の山並みは、左側から(優しい山容の)郡岳、遠目山、(三角形の尖った)経ケ岳、中多良岳、(右端側が)五家原岳であろう。 野岳ため池(野岳湖)について 既に関係ページとして、「野岳ため池(野岳湖)」ページも掲載中であるので、参照願いたい。改めて簡略化して書くと次の通りである。 野岳ため池(野岳湖)は、深澤儀太夫勝清が今から約360年前に小判(こばん)で約4200両、工事期間(こうじきかん)は約1年7か月かけて造った。この野岳湖の貯水量(ちょすいりょう)は、長崎県内で最大である。灌漑(かんがい)、防災(ぼうさい)だけでなく、今では観光(かんこう)やスポーツの公園としても親しまれている。 築堤当時の工事状況が良く分かる絵である その野岳ため池造り当時の状況を、この絵は人、諸道具、あるいは周囲の郡岳などの山並みなども含めて実によく表現されていると思う。また、重機やトラックなどが無かった時代、つまり人力中心の昔の工事状況も分かるので、当時をしる上で貴重な絵ともいえる。 ・関係ページ:「大村の偉人・有名人・活躍人シリーズ(もくじ)」の「深澤儀太夫勝清」, |
|||
3) 「松原神楽 深澤儀太夫勝清 豊穣」の手ぬぐい」(上演 2023年11月18日) | |||
<絵の特徴と上野の感想> (1) この絵全体は、「野岳ため池(野岳湖)」造りをした深澤儀太夫勝清が右手前側で両手を大きく広げて豊穣の松原地区を見下ろしている場面である。鳥瞰図(ちょうかんず)か、航空写真のように大変分かりやすい絵である。 (2) 絵の中央部には、松原地区の精神的にも、(海岸沿いの地域では)地形的にも中心である松原八幡神社が描かれている。その周辺は、長崎街道(松原宿)沿いなどにある街並みが詳細に描いてある。 (3) 手前側の左右全面に実ったコメ(米)は、今回のテーマ「豊穣」の一つを一面に表している。この中でも野岳のコメ作りは、全国から選ばれた「日本の米づくり百選」でもある。 (4) 上記(3)の実ったコメ(米)の上部には新幹線と、その線路である。 (5) さらに新幹線の線路上側には、長崎県内の大動脈でもある国道34号線である。 (6) 最上部は波静かで豊かな漁場、そして対岸の西彼杵半島近くでは真珠養殖などもおこなわれている大村湾である。 (7) その海岸近くに左側から順に松原小学校、松原しおざい公園、松原海水浴場、鹿島、松原漁港、餅の浜なども描かれている。 ・関係ページ:・関係ページ:「大村の偉人・有名人・活躍人シリーズ(もくじ)」の「深澤儀太夫勝清」, 「松原八幡神社」 「鹿島」 |
|||
補足について (この原稿は準備中。しばらく、お待ちください) ・関係ページ:「大村の偉人・有名人・活躍人シリーズ(もくじ)」の「深澤儀太夫勝清」 |
|||
初回掲載日:2022年12月4日、第二次掲載日:12月14日、第三次掲載日:2023年11月23日 |
|||
|
|||