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大村辞典
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大村辞典 な”の項目

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中岳砦(なかたけとりで) 所在地:大村市中岳町
<概略説明> 中岳砦は大村藩領絵図には「小城」、大村郷村記には「中岳砦蹟(中岳砦)」と表記されている。現在でも地元の方から「城の辻(しろのつじ)」などと呼称されている。城の規模として、『大村郷村記』には、 「真中に廣さ四畝』(約四○○平方メートル) ほどの小高き所あり。廻りに隍(ほり)の形あり」、『新編大村市史』には「砦は約一○メートル四方の主曲輪とその西側に二ノ曲輪、更にその南側に広い三ノ曲輪が階段状に配置されている」と記述されている。現在、主曲輪(本丸)は山神宮の境内になっている。(詳細は下記から参照)(掲載日:2017年12月26日)
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)中岳砦

長崎惣兵衛の墓(ながさき そうべえ の はか) 所在地:大村市沖田町
<概略説明> 長崎惣兵衛の墓は現在、国道34号線近くの沖田町墓地にある。長崎惣兵衛重方は長崎開港に関わった事でも有名な長崎甚左衛門純景(すみかげ)の弟である。1591年、豊臣秀吉が朝鮮出兵の基地として築いた名護屋城(肥前国松浦郡名護屋=現在の佐賀県唐津市)の木材を献上し築城時のまとめ役を務めた。また、慶長3年(1598)、玖島城(大村城)の築城が始まると築城奉行として活躍した。 (詳細は下記から参照)(掲載日:2012年6月30日)
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)長崎惣兵衛の墓

永松(長松)の馬頭観音(ながまつ の ばとうかんのん) 所在地:大村市寿古町
<概略説明>この馬頭観音は寿古公民館もある寿古公園敷地(北北西端)から北北西へ20数メートル行った道路脇に立っている。建立年や建立者などについて本体下部に次の「」内の碑文が彫ってある。「明治廿六年四月一日 馬頭観世音 施主 平惣吉」<現代語訳「馬頭観音を明治26(1893)年4月1日に施主(建立者)の平惣吉(ひら そうきち)が建立した」> この碑文通り本像は個人の建立(所有)である。本体の大きさは高さ70cm、横幅30cm、胴囲88cmである。(詳細は下記から参照)(掲載日:2018年7月30日)
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)永松(長松)の馬頭観音

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鳴滝(なるたき) 所在地:大村市武留路町
<概略説明> 鳴滝は餅の浜川(もちのはまがわ)の中流域にある。落差は約7mである。ここの滝壺は、横幅約16m、奥行き約8mある。この滝を中心に上下流域約100mほどの間には落差の小さい滝がいくつかある。また、滝の岩場、川床の奇岩、巨石、樹木など渓谷美も素晴らしい。鳴滝の水は川の水もあるが、多くは岩場から噴き出している伏流水である。(詳細は下記から参照)(掲載日:2009年6月13日)
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)鳴滝

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ご注意:この大村辞典(大村歴史観光辞典)は『はじめに』のページでも書いていますが、個人で作成している関係上、用語、内容や解説について、あくまでもご参考程度にご覧下さい。なお掲載後も記述内容などに間違いがあれば、その都度変更していきたいと考えています。

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