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大村辞典
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日露戦役解願記念碑(にちろせんえき がんほどき きねんひ) 所在地:大村市中岳町と黒木町との境界にある鳥甲摩利支天宮の境内
<概略説明> この鳥甲摩利支天宮の場所は鳥甲城として使われたと言われている。大村郷村記によれば大村純忠の三男である大村右馬之助純直(おおむら うまのすけ すみなお) が、この場所周辺で剣術の修行をし長さ3尺(約91cm)の太刀を大岩の下に納め、それが鳥甲摩利支天宮の御神体となった。摩利支天宮は古来より護身・得財・勝利などをつかさどり、”武士の神様・守護神”、”戦の神様”、”勝利の神様”などとも呼ばれている。そのような関係から日露戦争時に日本の勝利と出征兵士の無事帰還などを願って当時の萱瀬村荒瀬郷(町)の有志者が祈った。結果その願いが通じたので今度は鳥甲摩利支天宮に対して感謝を表すために解願(がんほどき)の記念碑が建立された。石碑部分のみの高さは約58cm、横幅約30cm、胴囲約160cmで、全体高は約83cmである。なお、このような日露戦争当時の「解願の記念碑(がんほどき) きねんひ)」は市内ではないようで、さらには長崎県内や全国でも数少ないと思われる。
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)「鳥甲摩利支天宮の石碑」の『日露戦役解願記念碑

如法寺跡(にょほうじあと) 所在地:大村市草場町
<概略説明> この場所は大村市草場町、字(あざ)女法寺」の所である。石走川に掛かる草場橋から東へ約280m登った民家周辺で、逆に草場町公民館からならば南南西へ約350m下った場所である。(新幹線橋脚から少し離れた東側で、周辺部が丘みたいになっている) 大村郷村記によると宗旨(宗派)は不明で、寺領は「七石九斗四升」であった。開山年代は、書いていない。この寺は天正年間、キリシタンによる他宗教弾圧事件で破壊されたものである。破壊後は在家になったと記述されている。なお、この近くから「草場の経筒その1、その2」が出土している。
(掲載日:2016年9月19日)
<関連詳細ページ>・『(福重ホームページの)如法寺跡

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ご注意:この大村辞典(大村歴史観光辞典)は『はじめに』のページでも書いていますが、個人で作成している関係上、用語、内容や解説について、あくまでもご参考程度にご覧下さい。なお掲載後も記述内容などに間違いがあれば、その都度変更していきたいと考えています。

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